独特の雰囲気が印象に残る2009年公開のSFスリラー映画『月に囚われた男』を観たので、あらすじ（ネタバレ含む）と感想を書いていきます。主演はサム・ロックウェルです。伝説のUKロックスター、デヴィッド・ボウイの息子ダンカン・ジョーンズが初監督を務めたことでも話題になりました。あらすじはネタバレなしの部分とありの部分とに分けて書いているので、まだ観ていない方は注意して読んでください。
500万ドルの低予算で制作されたとは思えない、細部までの作り込みが見応え満点の本作。SFスリラーとなっていますが、特に怖いとかグロいシーンはありません。物語の中盤に、この話の全容が見えてくると一気にミステリアスな雰囲気になります。登場人物が少ないためストーリーの複雑さは感じませんし、一貫して流れる少しノスタルジックな空気と悲哀感のある演技が見ものです。SF好きなら要チェックの作品です。
■この映画を観る
主な登場人物
サム・ベル：月面採掘作業担当者。もうすぐ任期の3年が満了し、地球への帰還を控えている。
ガーティ：月面基地の管理をするAI。サムの唯一の話し相手。
あらすじ（ネタバレなし）
月で新種のエネルギーが発見され、ルナ・インダストリー社は月面でその採掘事業を行っていた。担当者のサム・ベルは月面基地に一人駐在し、3台の巨大な無人採掘機がカプセルに充填したエネルギーを随時地球へ送る作業を行っていた。サムの健康や基地のコントロールはAIのガーティが管理している。通信衛星が故障して以来、サムの喋り相手はガーティだけとなっていた。
地球にいる妻からのビデオレターを見たり、運動をしたり、模型を作ったりして作業外の時間を過ごしているサム。地球帰還まであと2週間となり、任期の3年がもうすぐ終わろうとしていた。サムは少し体調を崩しており、そのせいもあってか気分も優れない様子だった。
そんなある日、突然、サムは基地の中にいるはずのない女性の姿を見かけて動揺し、給湯器から出るお湯で火傷してしまう。さらに、会社への近況報告の動画を録画している時には、一瞬長髪に髭をたくわえた男性がガーティを呼ぶ映像が映り込み、サムはさらに不安を募らせていく。
そんな中、一台の無人採掘機でカプセルが満タンになり、サムはいつものように充填されたカプセルを回収すべく車に乗り込んで基地を出て行った。しかし、無人採掘機に近づいた所でまた女性の姿が見えてしまい、一瞬気をとられたサムは無人採掘機と衝突事故を起こしてしまう。サムはそこで気を失ってしまった。
あらすじ（ネタバレあり）
※以下ネタバレあります。本作をまだ観ていない方は注意して下さい。
サムが目を覚ますと、そこは基地内の治療台の上だった。ガーティから、事故に会ったと聞かされるサムだが何も思い出せなかった。ベッドから下りてみるが、足がふらふらで立つのもやっと。サムは治療室から出て行ったガーティをふらふらしながら追いかけていくが、ガーティは本社と連絡を取っている最中だった。通信衛星が壊れているからライブ通信はできない。報告用の動画を撮っていた、と説明するガーティ。
事故後の入念な脳波検査も終わり、通常のように動けるようになったサム。本社から、「事故で緊急停止した無人採掘機の修理のために人員を派遣する」という連絡を受けたサム。現場を見ようと思ってもガーティに制止され、自分が基地の外に出してもらえない状況を不審に思ったサムは、基地の故障を自作自演して口実を作り、車に乗り込んで事故現場へと向かった。そこで見つけたのは停止している無人採掘機と、下敷きになった移動用車両だった。車のコクピットから気絶している男を見つけ出した彼は、その男の容姿が自分にそっくりだということに気付く。
彼を連れて基地へ帰ったサムは、ガーティに彼のことを問い詰める。「彼はサム・ベルだ」と答えるガーティは彼の治療を始めたのだった。ここから二人のサム・ベルが登場するため、冒頭から登場して事故を起こしたサムをサム1号、1号の事故後に目覚めて1号を事故現場から発見したサムを2号として話を進める。
治療台の上で目覚めたサム1号は、治療室にいる自分そっくりの2号を見つけて動揺する。「君が生還したことはまだ本部に連絡していない」というガーティ。「君はサム・ベル。君は僕が守る」とさらに続けて1号に言った。
1号はこの月面基地での経験も長く、突如現れた2号に戸惑いながらも距離を縮めようと努力する。しかし、目覚めて間もない2号は彼を訝り、彼に冷たい態度を取ってしまう。それどころか2号は彼に突っかかり、取っ組み合いのケンカにも発展する。体調万全の2号に比べ、事故後の1号はさらに容体が悪化して、今では片足を引きずりながら歩くまでに衰弱していた。自分がクローンだと認められず、お互いに否定的な両者だったが、自分たちが生まれ故郷や妻の記憶を共有していることを確認。1号は、月面に来てから生まれた娘のイヴのことを2号に教えた。
自分たちがクローンだと理解した2人。そこへ本部から、「無人採掘機修理のクルー達が14時間後に月に到着する」という連絡が入る。２人は、クローンの隠し部屋があるはずだと、その部屋を探し始めた。しかし、また２人はケンカをしてしまい、衰弱している１号は鼻から血を出してしまう。ガーティに、「２号は怖いやつだ。妻の気持ちが分かった。俺たち夫婦は俺の暴力のせいで別居してたんだ」と打ち明ける１号。「知っていた」と答えるガーティ。
１号はガーティにこれまでのことを問い詰めた。１号の記憶では、月面着陸時に機体が事故を起こし、目覚めた時には基地の治療台の上だったが、実はそのような事故は無く、１号はそのタイミングで大量生産されたクローンとして蘇生されていたのだった。
気分の落ち着いた２号が戻ってきて、１号に暴力をふるったことを詫びた。そして、２号が目覚めて直後に、ガーティが本社とライブ通信をしていたようだったことを話す。通信衛星の故障が嘘ならば、どこかにその秘密があるはずだと考えた２人は、車に乗って月面探査に出かけた。作業区間のさらに外で、通信妨害をしている大きな塔を発見した２人だったが、１号はその場で吐血したため基地へ戻り、２号が引き続き調査をして他にも同じような塔があることを確認した。
どんどん体が朽ちていく１号。どうやら任期３年というのもただの設定で、クローンの活動限界が３年間ということのようだった。その考えから、自分の前にも同じクローンがいたはずだと気づいた１号は、基地のデータベースから過去の録画映像を調べることに。システムにログインできなくなって困っていると、ガーティがパスワードを入力してくれた。すると、やはり自分そっくりの男が何人も動画を残しており、地球帰還の日、脱出ポッドに乗った瞬間彼らが消されていることも分かった。
実際に脱出ポッドを見に来た１号は、その床に大きな空間があることを発見。調査から帰還した２号と共に下へ降りておくと、そこには大量のクローンが保管されていたのだった。
自分の前にも何人かクローンがいたことで、記憶の中の妻と娘の現在が気になった１号は、通信機を持って電波妨害区域の外に出て、地球の実家へ電話をした。すると、15歳になるというイヴが電話に出て、母、つまりサムの妻は数年前に亡くなったと語る。イヴには自分の正体を明かさずに電話をきるサム1号。イヴには父、オリジナルのサムもいて一緒に暮らしているようだった。地球に帰りたいと号泣するサム1号。車の窓の外には美しい地球が見えていた。
1号が基地に戻ったあと、その通話記録から地球の家族のことを悟った2号。しかし、月面では救助班の到着の時間が近づいてきていた。１号が生還した事実を知らない彼らに見つかれば、両方とも殺されかねないと感づいた2人は、「もう一人のクローンを蘇生して目覚める前に殺害して事故現場に戻す。1号は普段満タンのカプセルを地球に送るポッドで地球に帰り、2号が何も知らないふりして月面で生きていく」という一計を案じる。しかし、「俺たちに人は殺せない」とその計画は断念。すでに死が近いことを悟っていた1号は、自分が事故車に戻って2号を地球に送り、新たなクローンにここでの作業を始めてもらうことを提案。しぶしぶ承諾した2号は、1号を事故車に送るべく車で出発した。共有された妻との思い出を語りあう２人。１号はその会話の途中で気を失ってしまった。
静かに１号を車内に横たえた２号は、悲しさを押し殺して基地へと向かい、地球への脱出準備を始める。ガーティの２号に関するデータを消去して自分の出発後に再起動するように設定し、さらに無人採掘機を電波障害タワーに向かうよう設定し、救援隊到着のぎりぎりで脱出に成功した。それを見送って安心したかのように息を引き取る1号。
サム２号は無事に地球へ帰還し、そこで月でのクローンの人外的な利用が明るみになってルナ・インダストリー社の株は暴落した。
「彼は危険なイカレ野郎だ！逮捕すべきだ！」というラジオのインタビュー音声でエンドカット。
感想
割と早い段階でクローンの話と言うことが分かりますが、最後まで緊張感の緩まないハラハラドキドキの映画でした。サムを演じた、サム・ロックウェルが１号と２号を見事に演じ分けていたのが印象的です。同じ人間だけど性格が少し異なるという微妙な２人の違いが分かりやすく表現されているのは、ただただ素晴らしいの一言です。作中のセットも観てて楽しかったし、ケヴィン・スペイシーが声を演じたガーティの存在感も際立っていました。意外とアナログなところのあるガーティが愛らしかったです。始めは『2001年 宇宙の旅』のHAL的なキャラかと思って身構えてましたが、結局彼はいいAIでしたね。
低予算、さらに制作期間が１か月程度と言う驚異的な作品ですが、そんなことは一切感じさせない内容になっています。500万ドル（約5.5億円）、安いことはないと思っちゃいますが、日本はともかく、ハリウッドを筆頭に海外では一本の映画に数百億円使うこともあるのでそれを考えると本作は製作費が少ない部類です。ちなみにタイタニックは製作費約300億円。
SFの王道ですが、テクノロジーの発達に伴う倫理観を問うているこの作品。観た後にクローンに感情移入してしまう方が多いと思います。クローンを巡っては以前から様々な意見が飛び交っていますが、未だに「こうあるべきだ」という結論は出ていませんし、まだクローン技術も発展途上です。ただ、国連が2005年にクローン禁止宣言を採択するなど、クローン人間に脅かされかねない人間本来の尊厳を重んじて、クローン人間反対派が世論を占めている感はあります。
本作のサム1号に現れていたように、これまでの実験から、クローンはその体の組織に異常をきたしてしまう場合がほとんどのようです。自然で生まれてくるままそっくりには生物を造り出せないということです。ですが、番号で管理され監視されたとしても、見た目や表面上の体の組織が人間そっくりのクローンが出来た場合、それを道具としてのみ使い捨てるのは本能的にできないような気がします。本作でも描写がありますが、クローンが血を流して苦しみ、オリジナルのコピーの記憶から悲哀感を表現しているのを見ると、誰だって人間がそうする時と同じくらい感情が揺さぶられるはずです。だって人間の見た目ですし思考もするし言葉も喋りますから。
しかし、これは2人のサムの行動を本編を通して観てきた観客が勝手に思うことです。ラストのインタビュー音声に意図が込められているように、サム2号が地球に帰って、果たしてどのくらいの人間が彼の味方になるでしょうか。地球には娘と暮らすオリジナルのサムがいます。一方サム2号はあくまで作業用の彼のクローンなんです。クローンの利用実態が明るみに出てルナ・インダストリー社は信用を落としますが、それでもサム2号を一人の人間と同等の存在として世間が扱うとは言い切れません。地球に帰ったとしても冷遇されるかもしれないし、どのみち3年の命であるサム2号を思うとやるせないですが、それすら誤った倫理観なのかもしれません。優先するのは絶対にオリジナルのサムであるべきですから。
そんなクローンについてひとしきり考えさせられた本作。少し重苦しい雰囲気の作品ですが、個人的には大好きなSFです。総合評価は95点（100点満点）です。
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